香川隆英(かがわたかひで)
京都大学農学部修了後、農林水産省入省。
2004―2016年まで、森林総合研究所 環境計画研究室長を務め、現在、森林管理研究領域 研究専門員。農学博士。
森林医学・セラピー研究を推進するため、日本全国63箇所の森林セラピーロード認定実験に加え、国内外の森林浴実験に携わってきた。
森林医学・森林浴の発展のため、研究・政策・事業活動を支援している。
長野県森林セラピー推進協議会会長、INFOM(国際森林医学会)日本支部副会長、NAFOW(韓国森林福祉国際協会)理事、おくたま地域振興財団評議員など。
『森林セラピー』(朝日新聞出版)、『森林医学』『森林医学Ⅱ』『自然セラピーの科学』『環境保全と農林業』(朝倉書店)、『フォレストスケープ』(全国林業改良普及協会) 以上共著。
NHK「チコちゃんに叱られる!」にも出演。
「チコちゃんに叱られる! 」単行本 2019/3/19発売
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■“森林浴”は身体にいいイメージがありますが、私たちが思っている以上にその効果が注目されているようですね。
森林浴をすると気分がいいことは言われていたのですが、近年まで実際に医学的な実験が行われたことはなかったんです。
というのも、実験室でやれるものではなく野外で、しかも人間で測定する方法がありませんでした。
フィールドで使える測定器の開発により、森林浴の効果が生理学的に証明されるようになりました。
■「森林浴」の歴史を教えていただけますか?
「森林浴」という言葉は1982年に使われるようになりました。
長野県上松町にあるヒノキの自然林で林野庁がイベントを行ったのが始まりです。
「海水浴」という言葉がありますが、「森の空気を浴びる」ということで「森林浴」という表現がされました。
■海外でも「森林浴」の効果は知られていますか?
例えばアメリカやオーストラリアではキャンプ、ヨーロッパでは森の散策などは昔から行われていましたが、実は「森林浴」の医学効果を実証したのは日本が最初なんです。
その後、日本の実験結果が海外メディアにも取り上げられ森林浴の効果が認知されるようになったんです。
それがきっかけとなり、海外で森林浴の効果への関心が高まり、日本と同じく森の国フィンランドは森林医学実験を日本と共同で行ったり、韓国や中国は今では国策として森林の医学効果を活用して、大規模な事業を行っています。
「科学的エビデンスを持ち,予防医学的効果を目指す森林浴」が行える場所として、日本には63箇所の森林セラピー基地があるのですが、韓国や中国はそれに習って森林セラピー基地を作っています。
ですから、森林浴先進地日本に世界中からヴィジターが増えているんですよ。
■「チコちゃんに叱られる!」でも取り上げられ、香川さんも登場されていましたが、森林浴成分「フィトンチッド」について教えていただけますか?
番組内でも言われておりましたが、フィトンチッドは「殺しの香り」です(笑)
ヒノキやスギなど主に針葉樹から放出される化学物質です。
植物にとっては身を守る、いわゆる外敵となる微生物を殺す香りです。
それが人体に対してどう影響するかを実験しました。
フィトンチッドの香りを嗅いでもらったところ、免疫機能であるナチュラルキラー細胞の活性が、香りを嗅がない人に比べ高くなりました。
■アンチエイジング効果もあるとか。詳しく聞かせてください。
森林公園で1日歩いた場合と、緑のない街で1日歩いた場合の比較実験を行ったところ、アンチエイジングホルモン(若返りホルモン)と言われている「DHEA-S
(デヒドロエピアンドロステロンサルフェート))」が増加した結果が得られました。
健康のため、さらに若さを保つウォーキングは、緑のあるところで行いましょうね。
■“森林浴”の効果を十分に得るための、おすすめの森林浴法はありますか?
日本には森林セラピー基地が63箇所ありますし、たまにはこういったところに出かけてみてはいかがでしょうか。
そもそも旅行は「転地効果」がありますから、景色のいい森林で時間を過ごし、その地に泊まって温泉に入る、ジビエ料理とか自然素材を食べるというのがよいでしょうね。
そういった環境に数日身を置くと、免疫機能は1ヶ月近くもつということが研究で分かっています。
ただ、日頃は身近に森林がないことも多いでしょうから、緑のある公園や並木道など、自分が気に入った場所を選んで、週末などを利用して歩くといいです。
緑のあるところでの散策は1,2時間程度が目安です。
歩いた後は腰を下ろして一息つくついでに、木漏れ日を浴び、鳥のさえずりに耳を澄ますのがいいでしょう。
景色による視覚的効果が高いことが分かっています。
そして深呼吸をしてしっかりとフィトンチッドを吸い込む。
こういったことで十分な効果が得られるかと思います。
■効果の高い樹木はありますか?
科学的な根拠はまだないですが、あると思います。
あとは効果を感じる側の個人差もありますね。
縄文杉とか樹齢の高い巨木は効果があると思われます。
お寺や神社に行くと御神木や参道の巨樹に神秘的な効果を感じるということがありますね。
フィトンチッドを多く放出するのは針葉樹です。
スギ、ヒノキ、モミなど。
広葉樹ではカエデ、クスノキなどがそうですね。
ですので、そういう樹木がある森の森林浴は、フィトンチッドの効果が期待できるでしょうね。
■すべての植物がフィトンチッドを出しているわけではないんですか?
はい。
ちなみにブナの木はフィトンチッドは出してないんですが、ブナの森ではリラックス効果が高かったという実験結果が出ています。
森林浴の効果は五感刺激の総合効果です。
目に入る景色、水の流れる音、鳥のさえずり、風で木の葉が擦れ合う音。
コケの上を歩くとか落ち葉の上を歩くとか、コンクリートとは違う柔らかな感触。
森の中や滝の涼しさ。
森の香りであるフィトンチッド、おいしい空気。
■“森林浴”をするにあたり注意することはありますか?
森林浴の効果は実証されているものの、森に入ることがストレスになるのであれば逆効果です。
昔は薪を取りに行くとか、きのこや山菜などを採るなど、森に行く機会が多かったこともあり、草刈りなど管理もされていて、安心して通れる道がありました。
安全に森林浴できる環境でないと逆にストレスになります。
また、森に行けば虫は当たり前にいますので虫嫌いの方にはストレスになりますよね。
あとは、ウルシなど野草によってはかぶれたりするものや、ハチには刺されないようにしましょう。
つまり、森のリラックスする環境要素を選んで、森林浴を満喫して欲しいと思います。
■花粉症の人でも森林浴は楽しめますか?
さきほどの話と同じで、症状がひどい方はストレス要素のほうが高いことを考えると、花粉の多いシーズンは避けたほうがよいかと思います。
■自宅で森林浴を行うことは可能でしょうか?
庭がある方は庭いじりもいいでしょうね。
もちろん室内に花を飾ることもよいでしょう。
最近、海外の論文で盆栽のリラックス効果が取り上げられていました。
園芸療法という言葉がありますから。
スギ花粉の多いシーズンは、屋内で森林浴の雰囲気を楽しむのも良いかもしれません。
■フィトンチッド入りのスプレーなどもありますが、そういったものはどうでしょうか?
代替としていいと思います。
ちなみにドイツでは、いろいろなハーブを使った水療法の医学的な実験が行われてきました。
その効果が認められて医療保険にも適応されているくらいです。
フィトンチッドを含んだアロマオイルなどもよいでしょうね。